5月1日 メーデーの話 - 日本人の洗脳を解くブログ

5月1日 メーデーの話

5月1日 メーデーの話 【★★★★★】

今回の話は結構重要な話です。一般の方にはちょっと難しい話題だと思います。でも、とても面白い話ですので良かったら最後まで読んでみて下さい。

5月1日は、メーデーと呼ばれ「労働者の日」とされています。
なぜ、5/1にしたのかを、その理由を多くの人は知りません。
メーデー・デモに参加している人達もほとんど知らないでしょう。
知っていたとしても、吹き込まれた偽りの建前的なモノだったりします。

私が本当の話をします。

なぜ、5/1にデモや集会をするのか。

これは、実は古代の女神崇拝に関係してきます。
5月(MAY)とは、女神マイアの月なのです。
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 ローマ神話には豊穣の女神マイア(Maia)がおり、マイアの祭日である5月1日は供物が捧げられた。これがメーデーの起源である。(Wikipediaより)
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因みに1月は、ヤヌス(戸口)、2月はフェブルウス(冥府)、3月はマルス(軍神)、4月アフロディテ(愛と美)、6月ユノ(主神の妻)とそれぞれの月の名前になっています
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5/1は、古代ケルト人達が、女神とその子ベルを祝うベルテーンの祝祭日です。
この日には、村娘の中から一人、女王が選ばれます。それをメイクイーンと言います。イモの名前にもなっていますね。

ベルテーンとはベルの火」という意味です。
ベルとは、カナン(フェニキア)人の信仰する最高神バアルの事です。ユダヤ・キリスト教では悪魔とされ、ベルゼブブなどと呼ばれたりします。角を持つその像を拝む儀式は、キリスト教徒からは悪魔の儀式に見えたでしょう。
古代ローマ人によると、南仏のプロヴァンス、ブルゴーニュ、北イタリアに、ベル神を祭る社があった。
なぜ、中東の神バアルが西欧まで祭られていたかと言うと、カナン人達が、ギリシア・ローマが栄える以前に、地中海全域に植民地を持っていたからです。彼らはそこの土着民達に、バアルを信仰するように広めました。イギリスなどにも伝わったと思われる。

ベルテーン祭の、前夜の4/30から【ヴァルプルギスの夜】という前夜祭が行われます。これは秋に行われるハロウィンと同じく、春に行われる魔女のお祭り(サバト)です。この夜は かがり火を焚き、一晩中(乱交など)乱痴気騒ぎをします。
儀式の為に、子供をさらったり、それを殺して食らったりもしました。印象悪いですが‥古代の習慣として、世界中に見られた事です。アステカ文明でも、生贄を捧げ、内臓を食らったりしていました。

現在でも、ヨーロッパ各地ではベルテーン祭が行われています。映像を幾つか紹介します。

(1・2つ観たら、続きの文章を読んで構いません)

■Beltane Fire -  祭りの写真を音楽と楽しむ。
■Beltane をイメージした現代芸術
■The Spiral Dance  くるくる回るダンス。
■Uisneach Festival of the Fires 2010 fire clips ~お祭りの映像

キリスト教は一神教です。他の神の存在を許しません。
土着宗教を信じる民衆をキリスト教に取り込む為に、この土着女神をキリストの神話(聖書)に組み込んだのです。

つまり、イエス・キリストの母とされる【聖母マリア】です。
キリストの教えとは全く関係の無い(むしろ、キリストは母との関係性を大事なものではないと否定した)のに、マリアが各地で崇拝されているのは、その土着 宗教の名残でもあります。地方によって、崇拝されていた女神の名前は違います。ビーナスだったり、イシス、イシュタル、アスタルテ‥など色々あります。
 エジプトの神話では、処女イシスが太陽神ホルスを産み落とす話など、キリスト教が誕生する数千年前からあります。

また、キリスト教は彼らの人身御供の習慣も止めさす(もしくは乗っ取る)為、儀式の際に、肉の代わりにパンを食べさせ、血の代わりにワインを飲ませました。
東洋でも似たようなモノに、饅頭(まんじゅう)があります。これは人の生首を見立てたモノです。三国志の名軍師・諸葛孔明が南蛮遠征時に考え出したと言われています。

 この様に、メーデーが古代の女神崇拝の儀式の日だった言う事が分かると思います。
「それが現代の労働者の日と何が関係あるんだ」と抗議の声が聞こえて来そうですね。
はい、実は関係あります。たまたま同じ日なのではなくこの日を選んだのです。

 このキリスト教がヨーロッパ中に布教された中、キリスト教以前の土着宗教は魔女と忌み嫌われ徹底的に弾圧迫害されました。
迫害されたその信仰は、地下に潜りました。
彼らの望みは、キリスト教の崩壊です。千数百年の時を経て、その時が来ました。
ご存知【フランス革命】です。
恐らく皆さんビックリして、この先を読むのをよそうと思ったりしたのではないでしょうか。

 

右の画像をご覧下さい。
 この写真はフランス革命で有名な【人権宣言(人間と市民の権利の宣言)の絵です。
フランス革命では、徹底的に反宗教(キリスト教)の弾圧が行われているのですが、この絵には翼を持つ女神の姿はしっかり描かれています。

民衆を導く自由の女神
民衆を導く自由の女神

左の絵は有名な絵画「民衆を導く自由の女神」です。
有名なニューヨークの「自由の女神像」はアメリカの独立100周年を祝して、フランスのフリーメイソンが、アメリカのフリーメイソンに送ったモノです。陰 謀論とかではなく、公になっている事実です。因みにフランスにある自由の女神は【マリアンヌ】と呼ばれています。

フランス革命には 女神に関連する事がやたら出てきます。女神が使われたのは「たまたま」とか、「思いつきで何となく」といったものではありません。理由あってのものです。

フランス革命で破壊されたパリの ノートルダム大聖堂 は、ナポレオンによって修復されました。
因みに【ノートルダム】とは【聖母マリア】という意味。この大聖堂にはガーゴイル(悪魔)など悪趣味な像がたくさん彫られている。悪霊退散が目的というお かしな言い訳がされていますが、どう見ても像そのものが悪魔です。悪魔を像に彫っている時点で、反キリスト的であります。
ナポレオンは皇帝になる為、ここで戴冠式を行いました。

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●メーデー (小学館DVD BOOK 世界遺産より)
中世、ギルド(職業別組合)のメンバーは慈善や相互扶助を目的に同業者信心会をつくって活動した。パリの金銀細工師の信心会もその一つで、彼らは毎年5月 1日、神と聖母マリアを称えた奉納物をノートル・ダム大聖堂正門に捧げた。当時の聖母崇拝熱と春の到来を祝う民間風俗が背景にあるこの行事は「メ」と呼ば れ、15世紀半ばから18世紀初めまで続いた。奉納物は最初、聖書の図像を表した箱であったが、やがて聖母の生涯を描いた絵画作品に変わった。そして 1630年からは約4x3mの大画面の絵が奉納されるようになり、「使徒行伝」を主題とする絵には内容を説明する詩文が付された。これらの絵は現在、大聖 堂に飾られたり、ルーブル美術館などに収蔵されたりしている。
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【人権宣言】の絵の頂点に描かれている「三角形の中に目がある」絵は、アメリカ国璽(ドル札にも載っている)【(万物を見通す)プロビデンスの目】と呼ばれる【フリーメイソン】のシンボルマークでもあります。
このプロビデンスの目に関して述べると長くなるので、今回は割愛。

そもそも、このマークは フリーメイソン というよりは、その内部にある別のグループ、光明会(イルミナティ)のマークです。
この光明会とは、1776年5月1日にバイエルン王国のインゴルシュタット大学のアダム・ヴァイスハオプト教授によって創設されたものです。光明会は、原始共産主義を志向する側面と、内部の位階制の側面が同居しています。
この怪しげな結社に対して、国から活動禁止命令を受け、1785年活動を停止しています。そして、4年後にフランス革命が起きます。

フリーメイソンとは、石工職人の会と一般に言われているが、意味はそれだけではない。
【 Free Ma(y) Son 】 「自由の女神の息子」という意味でもある。

~アメリカの建国にたずさわったベンジャミン・フランクリンもジョージ・ワシントンなど、「アメリカ建国の父」56人の内、53人が会員であった~wikipediaより

また、アメリカ大陸に最初に乗り込んだ清教徒の開拓団の船の名前は、メイフラワー号(五月の花)である。

5月1日というのは、結構キーになる日です。
坂本竜馬と武器取引をしていた相手トーマス・グラバーが長崎にグラバー商会を設立したのも5月1日。
統一教会の設立日も5月1日。

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コメント: 1
  • #1

    勃起不全 (水曜日, 29 4月 2015 11:11)


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